臨床の学び舎おんせいげんご BLOG

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5/28 ことのわ会でした。

 前回は、概念の形成をもたらす心理活動が研究されてきた経緯と、概念を形成する操作は言語を介して行われるという内容を学び、今回から第Ⅴ講「意味場」とその客観的研究 に入りました。

 

「意味場」という語そのものは、辞書で説明されることがあまり無いようですが、「世界大百科事典」のなかで、以下のように言及されているようです。


…これまでの言語学的意味論で注目を集めたのはドイツのトリーアJost Trier(1894‐1970)の考えた意味場の理論で,客観的現実が人間の意識の中に反映される場合,言語的に形成される際にその言語の意味論的下位体系をなすなんらかの網をくぐることになる。現実のある断片は言語の一定の意味場と対応するが,この意味場は具体的な言語ではそれぞれ異なって区分されるという考えである。…


ルリアは、語の意味場について、「各語は全体的な意味のマトリックス(=母体・基盤)の中心として、全体的な複雑な結合系を興奮させ、一定の「意味場」を活性化する と説明しています。


 結合系ーつまり、結びつきの系列ということでしょうか。

 

 この講では、まず、意味場がどのように構成されているかの測定を試みる方法として、連想法が紹介されています。


 被検者に一定の語を提示し、想いついた他の語を答える というシンプルな方法ですが、その反応は、少なくとも2つのグループに分かれ、その一つは対象が含まれる具体的な状況の何らかの成分を想起する「外的連想結合」(例:家ー屋根、犬ーしっぽ)、

 もう一つはカテゴリー的な思考を反映する「内的連想結合」(例:犬ー動物、椅子ー家具)であることが示されています。また、単純な連想は時間的に速く行われ、複雑な連想は多くの時間を要することや、共通の連想が起こる頻度の研究なども紹介されています。(例:50人を対象に蛾を刺激語とした場合の反応は虫1、糞2、ハエ10、夏2、チョウ1、日光4 など)

 

次に、意味場の特徴について述べられています。


 語の背後にある結合は多義的であるとの前置きに続いて、「各語の背後には、必ず、音声結合、状況的結合、概念結合の体系がある」と述べられています。ロシア語の例が挙げられていますが、例えばコーシカ(ネコ)という語では、以下のような結合が考えられるということです。


音声結合(音の類似性にもとづいた結合)

 >クローシカ(小片)、クリューシカ(蓋)、アコーシカ(小窓)

状況による結合

 >ミルク、ネズミ
概念的な結合

 >野生の動物ではなく家畜、無生物ではなく生物

 

 そして、正常の成人では、音声結合(音の類似性による結合)は、ほとんど制止されて意識することはなく、意味的結合(状況的結合と概念的結合)が優位となっているのだと述べられています。

 このような意味的な結合が優位な状況が消失して、音の類似性による連想が意味的結合と同じ確率で浮かぶ特殊な状況が、大脳皮質が病的状態にあるときに出現することが、次に説明されています。

 

 この研究は、ロシアの生理学者パブロフ(古典的条件付の研究で有名な)によって行われたものなんですよね。

ja.wikipedia.org

 

 脳は正常な働きをしている時は、「強さの法則」に基づいて作用します。つまり、強い(重要な)刺激は強い反応を、弱い(重要でない)刺激は、弱い反応を引きおこす。その法則によって、大脳は選択機能を実行することができ、つまり、ネコをみて(ネズミではなく)「ネコ」と呼称することができるのも、この法則に因ると考えるということです。

 ところが、大脳が病的な状態に陥ると、この強さの法則が破壊され、すべての刺激(重要な刺激と、重要でない刺激)が、同じ強さの反応をひきおこしはじめる。あるいは、弱い刺激が強い刺激よりも強い反応をひきおこす、強い刺激が極度の制止をひきおこす などの状況がおこる。そうすると、大脳の選択機能が障害され、例えばネコを見て「ネズミ」と呼称したり、また普段は制止されている音声結合が意味的結合よりも能動的に現れたりして、ネコ=コーシカをみてクローシカと言ったりする場面もある...まさに、失語症に方々にみられる錯語の症状と結びつけて考えることもできます。

 

 今回はここまでで、次回は語の結合の選択や制止についての研究方法を、さらに学んでいくことになるようです。失語症の症状理解や、リハビリテーションの方略を考えることに有用と考えられる、興味深い古典です。

 

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