臨床の学び舎おんせいげんご BLOG

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人間の言語理解の手がかり・・・?(Twitterのスレッドまとめ&若干、修正・補整)

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 こんな問題提起を頂きました。


「人間の言語理解の手がかりとして、言葉の明瞭度とか文脈とかいろいろあると思うんですが、手がかりのパーセンテージとか研究してるような論文やら書物って何かありますか。言葉を理解するのに何が重要な要素なのかが気になりまして…」
ご意見をRe:でよろしくです。

 

西岡
 上記問題提起は私がさせていただいたんですが、皮質聾の方のリハビリをさせていただいてまして、どの切り口でせめればコミュニケーションが取りやすくなるのかなと疑問に思ったのがきっかけです。

 この方は、口形である程度読み取れるようになられているのですが、言葉を言語音としてとらえることが難しいご様子です。しかし、音素レベルで聴覚に提示してみると[s]の音とかは理解可能なんですね。とはいえ、音素で会話なんてするわけがないので、可能な限り聴覚を生かそうと思った場合、どんなアプローチがあるのかなぁと思ったのがきっかけです。

 

古田
 稀有なご様子の方ですね。その方が今後の人生を楽しむきっかけのお手伝いができると良いですね(#^^#) 

 今、口形で読み取るというのは、どんな感じです?「おはよう」とかクチの形で読み取ってくれるってことでしょうか?ちなみに、西岡君のいう「音素レベル」というのは子音だけの音ということでよいですか?

 

西岡
単語レベルであれば口の形で読み取られます。音素レベルは子音だけのことで、おそらく摩擦音の特徴がなんとなくわかるといった御様子です。

 

古田
 つまり、音声言語は一通り獲得したのちにご病気をされて、現在のご様子になられた方ということですね。 

 口の形の話ね。私たちもNewsなどを音無しで見ると、「さて」とか「次のニュースです」とか特徴的なセンテンスは読み取れます。McGark効果というのがあって、「クチの形」という視覚情報を、一般的な発話者であってもその発話が何であるかを判別する情報として使用することがあるという実験結果です。

www.youtube.com

 ただ実際の自由会話場面でクチの形を追うなんてことは、読唇術をしっかり訓練された方でないと難しいですよね・・・でも、できたら便利でしょうから、その方がそれを取り組みたいとおっしゃるのなら、そっちを調べて、練習の方法と機会を提案してみても良いかと思えますね。
 そんな特殊な・・・ってなりますが、McGark効果の実験から、一般的に知られていないことながら、一般話者もクチのかたちをすでに参照しているわけです。そして、その方は今すでにある程度クチの形を読まれるわけなので、会話のすべてが読めるようにならなくても、たとえば、日常のふとした時のなにげない会話において、シレッとクチの形からその発話がなにかを理解するヒントが得られる程度まででも、コミュニケーションの幅が広がるきっかけにならないかなぁ~と。前に、聞こえが難しい子が喉頭の動きをみて発話内容を当てるという話を伺ったんですけどね、そういう使用される感覚器の交代というか拡張使用?代償? そういうことって、その方、すでに経験されてそうですね。

 

西岡
 マガーク効果については、以前に恩師の方が嬉しそうに動画をみせてくれたことがあり拝見したことがありました。聴覚関連の話でもよく上がるのですが、口形情報はだれもが無意識に読み取っているといいますね。おそらく読話(読唇)についてはご自身で自力で学習されているので、こちらからのアプローチよりも圧倒的にたくさん吸収されているご様子です。
 

古田

 そうですか。対話者の音声を、その方が音声としての知覚できるかという点について「きっかけ作り」ができるか否かですが・・・まず、その方の今の「聞こえ」を丁寧に伺いたいですね。先日にBrian C J Mooreの「聴覚心理学概論」の音声知覚の項を渡しましたが、その知識を活かすにも、今その方がどういうご様子で過ごされているのかを知りたいですね。8000Hzくらいの乱流雑音>摩擦成分>サ行子音・・・Categorical perceptionのあたりが気になります。

 

西岡
 皮質聾の方のリハビリテーションとなると指折りほどの参考文献しかないのでほんとに手探り状態です。なので自由会話の中でどんな風に聞こえたかをうかがってその聴こえ方をできるだけ具体化して、どの言葉の時にどんな風に聞こえるかを患者さん自身にフィードバックできるようになればいいかなと思っています。ちなみに、当患者さんは成人以降に後天的に皮質聾となったかたなので、発声に関しては問題なしです。

 補足ですが、この間はボールペンの「カチッ」が鮮明に聞こえるとおっしゃっておりとても興味深かったです。そういう聞こえを少しでも多く探れたらと、またより生活に活かせるものになればいいなと思っております。

 

古田
 そうなですね。ご自身の音声表出はまったく普通のご様子? ボールペン以外にも聞こえる音はありそうですか?それと、聾レベルで聞こえないのは、特に音声なんですね。 そういうご病気になってもう5年くらいは経つのでしょうか?

 

西岡
 ボールペン以外は鮮明ではありませんが救急車は他の音とは異なる音で捉えられるとのことです。そうなられてからだいたい5年くらいで、日本語対応手話とかも修得に前向きになられたりもしてます。

 

古田
 発話が普通の点ですが、時折、ここに悩みますね・・・。Speechの達成度合いはいったい何によってモニターされているのだろうって。5年もの間、ご自身は「音声が聞けない」状態なのに、ご自身の発話は西岡君が聞いても違和感ない音質。確かな獲得と数十年の維持が、聴こえを失ってもその運動を維持するのか。獲得されたSpeechのFeedbackは聴覚ではないと言い切るような団体もあるみたいですが。でも、普通に「あ、ちゃうわ」て言い直すことはあるから、個人的には「聞いていない」までは言いづらいなぁと思います。

 でも、この方は「聞いていない説」を立証しそうな勢いですね・・・。運動のFeedbackだけとなると、例えば呼気がしんどい時の発話とか騒音下の発話とか、憧れの芸能人のようなかっこいい声にしてみるとか、明瞭な発音を心掛ける時とか、そういうレパートリーの運動企図はできても、実現が確認できないような・・・。そういう発音パターンの柔軟性?というのかな、その方はできるのかなぁと。それがシレッと出来てしまうようだったら、実は自分の声はちゃんと聞こえている(Feedbackできている)となるような気がします・・・(-_-;)

 

西岡
 言語を初めて獲得する際は当然フィードバックが使われていると思いますが、長年の経験があるとフィードバックに頼らなくていいのかもしれませんね。よく言う身体が覚えているっていう感覚なのかなと思います。フィードバックに頼っている割合が少しでも残っていた場合、意図的に話し方を変えるのは難しいような気がしますね。ご本人に聞いてみます。
 もし言語獲得をした方がフィードバックに完全に頼ってないとなってしまうと、先生が以前におっしゃっていた「加齢性難聴の方が無意識下で低音の声にしている説」が否定されるような気がして、少しおもしろみに欠けてしまいますね。

 

古田
 そうなんですよ。ざっくりいえば、音声言語というヒトの行為の仕組みの面白さとして、その計画(概念)と運動(実動)の結果判定が、そのプロセスにない〈音波と聴覚〉に委ねられているという点、個人的に支持したいと思っているのですが、この方も含めてある程度の方に裏切られています(笑)以前に20年来の完全失聴の方が「私、全く聞こえないんですよ。」と朗々としゃべっていました。挙句に歌ってました。音程は怪しかったですが、でも「あやしい」程度の差異で歌えることが不思議でした・・・。私の好きなSpeech chainが揺らぐね(-_-;)
 ヒトは 目を閉じても、字を書いたり、マグカップでお茶を飲むことができる。自転車に乗る時にいちいち、操作を確認しなくなる。話しながらキャベツが千切りできる。ウッドベースが弾ける(ブログ参照)。・・・習得された「行為」の固定力はかなりのものなのだろうか。でも、目を閉じてサラッと字は書けても、一つ前に書いた漢字のヘンを修正することは難しい。新しいマグカップの残りの茶と角度の調整、友達の自転車、川沿いの比較的平たい石をまな板にしたらどうか、友人の弾いていたウッドベースならば?
 とりあえず、あまり話がそれるといけないので、とりあえず戻しますと、A:発話運動は聴覚のFeedbackを必要としなくても可能である。B:実は聞こえている。のいずれかかなぁ。中枢性なのでBの可能性も否定できないと思う。
 Aであった場合、聴覚を援用できない状態での発話運動は、基本的な発話に限られるのか、それとも、歌唱など高低を変えたり、明瞭な発話を心掛けてみた時の達成度合いとかまで可能なのか気になりますね・・・。

 

西岡
 Bの可能性否定できないですよね。代償的に中枢の異なる部分で補ってる可能性も大いにあり得ると思います。よくよく聞いてみるとボールペンの音も明瞭に聞こえるってわけではないみたいです。後、歌を口ずさんだ時の音程がずれているとご家族に指摘されることも多いとおっしゃってました。それに加えて日によって会話の声の大きさが異なることも指摘されるようです。さらに突発的な音(例えば物を落とした等)は莫大な音量で聴こえるそうで、これに関しては最近トレンドの耳鳴りの発生機序と結びつけるとうなずけます。
 昔の聾教育の口話法(聞こえが難しい子にもおしゃべりの獲得を推奨する方法)においても、ある程度のおしゃべりができる方がいたらしいので、聴覚的フィードバックが占めるウエイト自体がそんなに高くない可能性はありますよね。

 

古田
 昔の聾教育の口話法ですね。その是非はいろいろみたいだけれど、そこから学ぶことは多く、次につなげる必要はあると思います。
 さて、話を改めますが、皮質聾、つまり、聴こえを担う感覚器に異常は指摘できなくて、大脳(中枢)の損傷によって聞こえが難しくなった状態ですね。聞こえにくさを起こしているところが、認知や知覚のレベルなので、今もなお「聞こえている音」あるいは「聞こえやすい音」をきっかけに、代償とか新しい感覚Networkの芽生えを期待したいところですね。このようなご様子になられて5年以上も経つのに、今もなお明瞭に「おしゃべり」されているとのこと。ならば、自分の音声は聞こえている(知覚している)のではないか?と。しかし・・・今の私たちの知識では、ヒトの音声のFeedbackについて妥当な説明は難しい(一計ありますが、それはいつかまた(^_-)-☆)。
 この方の発話のご様子については、いまのところ、修練された一連の運動・行為が保存されているとして、あらためて、「聞こえ」の評価を重ねるのはどうかなぁと思います。この方の「できること探し」ですね。純音や語音聴力検査だけでなく、環境音とか動物の鳴き声とか。どうでしょうか。ボールペンの音みたいなのがあれば、その音から広げてみる。例えば、「カチッ」の周波数や音圧を変化させたり、連続音にしてみたりとか、Delayかけるとか・・・。
 録音すれば、フリーソフト(Sound-engineとか)でなんぼでも調整できますから。その方のお役に立てる関わりを模索する中で、いろいろと学ばせて頂けたらと思います。またこの経験を私たちを通じて他のお困りの方にお伝えしていく必要がありますね。ぜひまたお聞かせください(^^)


西岡
 ご本人のご様子について追加情報です。口頭での告知なので不正確さは多少ありますが、高周波数・低周波数のともに純音・バンドノイズで音を出すと割と生の音で聞こえているような印象があるとのことでした。純音の1000Hz、2000Hzで連続音が断続音に聞こえるという点があり、気になりました。

 また、ホワイトノイズ、スピーチノイズも恐らく違った風に聞こえているような印象を持つご様子ですので、周波数を多く含むと生の音とは遠ざかるかもしれないと考えました。左右の聞こえにも若干の差があるようです。(大きさではなく音質において)。周波数を多く含むと難しいとなれば、周波数を絞ってそれぞれの言語音の手がかりをつかめたらと思うのですが、模索中でございます。


古田
 Esynthというソフトウェアがあります。それを用いると周期複合波の倍音構造が自由に作れます。

www.phon.ucl.ac.uk

 そのソフトを使って、A音とB音の弁別課題を作ってみるのはどうでしょうか。例えば、基音1000Hzで3倍音までの複合音と、同じ基音で5倍音までの複合音、同じ音に聞こえますか?みたいなタスクですね。「大差ない」と言われたら、倍音数を聴取できないのではないか?みたいな仮説が・・・いかがでしょう?膨大な試験になってしまいそうですが…。

 ちなみに、上智大の荒井先生のHPにローカス理論の聴取実験部屋があります。

splab.net

 これは、F1とF2だけの合成音での実験です。つまり、音を構成する周波数が少ないのに音韻がなんとか知覚される刺激音。こういう音源を使っての弁別課題というのは難しいでしょうかね。荒井先生の御研究を持ち出すなら、この辺も気になります。カテゴリー知覚ですね。

splab.net

 複数の周波数で構成されるとかが論点になるあたり、大脳側の枠組み(カテゴリー)が・・・どうなんでしょうね。

 

 

 

 

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